哺乳類の保全を巡ってーワシントン条約
本年(2025年)11月24日から12月5日まで、ウズベキスタンのサマルカンドにおいて第20回ワシントン条約締約国会議が開かれます。私もこの会議に出席するのですが、今回は、まずこの条約の紹介をします。
野生生物(野生動植物)とその製品の国際取引は古くから行われていましたが、20世紀後半になって、そうした国際取引が野生生物種の絶滅や個体数減少に大きく加担しているのではないかという懸念が強くなり、国際取引を規制する条約の制定を求める動きが始まりました。条約は、1972年の国連人間環境会議(ストックホルム会議)で早期締結が勧告されたことを受けて、1973年にワシントンD.C.で採択され、1975年に発効しました。今年で発効後50年が経過したことになります。
この条約は、日本語の名称を「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」といい、その英名(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)の頭文字を取ってサイテス(CITES)、あるいは採択された場所に因んでワシントン条約と呼ばれています。2025年11月現在、国連加盟193カ国中184カ国及び欧州連合(EU)が加盟している大きな環境関連条約です(日本は1980年に加盟)。
この条約は、条文のほかに規制対象となる動植物のリスト(附属書Ⅰ~Ⅲ)で構成されています。附属書Ⅰには、絶滅のおそれが高く、取引の影響を受けているか、その可能性があるものが掲載され、商業目的の国際取引が原則として禁止されます。Ⅱには国際取引を規制しないと絶滅のおそれが生じる種、またその種自体に絶滅のおそれはないものの条約の運用上必要な種(類似種など)が掲載され、取引は許可制となっています。Ⅲには、ある締約国が自国産のものの国際取引を規制するために他の締約国の協力を求める種が掲載されます。ⅠとⅡの変更は数年おきに開かれる締約国会議での採択が必要ですが、Ⅲの掲載種は加盟国が独自に指定できます。
日本は、この条約による規制を履行するために「外国為替及び外国貿易法(外為法)」に基づいて輸出入の水際規制を行っています。更に、Ⅰ掲載種については、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」に基づき、国際希少野生動植物種に指定して国内取引を規制しています。
野生生物の商取引は、基本的に種の存続に悪影響を及ぼす行為であり、できるだけ抑制・禁止することが望ましいと考えられがちです。しかし、Ⅰ掲載による商取引の禁止が保全にマイナスに作用する場合もあります。それは、特に陸生生物の場合、その生息地と人間の生活場所とが重なっていることに起因します。野生生物種の存続を脅かす要因は、第一に生息地の改変・消失であり、次いで過剰利用並びに外来生物の影響です。国際取引の対象となる野生生物が多く生息・生育する一方で、経済的余裕のない途上国では特に、野生生物が合法的な経済価値を失えば、生息地が経済性のより高い他の土地利用(農耕地・放牧地など)に転換されたり、ゾウのように共存が難しい動物であれば駆逐されたりすることが起きやすく、また需要は簡単になくならないので、合法的取引の禁止は密猟や密輸といった違法行為を招き、その結果、対象種と生息地の減少は継続します。
実際、条約発効当初からずっと附属書Ⅰに掲載されているサイ類の多くやトラでは、単なる取引禁止による生息状況の改善はみられていません。他方、十分な管理の下で商取引を行い、その経済的利益を保全活動や地域開発に還元すれば、地域社会や政府担当部局の経済的自立を助け、密猟の防止や保全への地域社会の支持・協力も得られ、違法行為の減少や野生生物とその生息地の保全につながります。このようなやり方が効を奏した好例が南米のラクダ科動物ビクーニャです。その良質な毛が高額で取引されるため、かつては、密猟などによる絶滅危惧状態にあったことから種全体が附属書Ⅰに掲載されていましたが、生け捕りした個体から刈り取った毛の合法的な商取引を認め、収益を地域社会に還元するしくみが導入された結果、多くの国や地域の個体群が回復し、附属書Ⅱに移行しています。
以上のような考え方は第8回締約国会議(1992年)で採択された決議「野生生物取引の利益の認識」の中で「締約国会議は、当該種の存続に有害でないレベルで行われるならば、商業取引は、種と生態系の保全、及び地域住民の発展のいずれか、もしくは両方にとって有益となるであろうことを(略)認識する。」と明文化されています。
そもそも、条約の規制対象外だった種が附属書に掲載されるということは、原産国だけではその種を守ることができず、他国の協力が必要になったことを意味します。また、附属書ⅡからⅠへの移行は、Ⅱ掲載による取引規制がうまくいかず、絶滅のおそれが生じたということです。Ⅰに掲載されれば国際商取引が禁止され、合法的取引がもたらす経済的利益を原産国が得ることはできなくなります。これらはいずれも保全の失敗です。これに対して、附属書ⅠからⅡへの移行は、その種が取引可能な状態に回復したことを意味します。更に附属書Ⅱから外れることは、原産国だけでその種が保全できるということで、こうした変化はいずれも保全の成功を意味します。
しかし、附属書掲載種は増加する傾向にあり、ⅠからⅡへの移行、Ⅱからの削除は難しいのが実状です。これは、ワシントン条約による規制が必要な野生生物種が増えているほか、上に述べたように、野生生物の商取引はできるだけ抑制・禁止することが望ましい、すなわち附属書に掲載したほうが、そしてⅡよりもⅠのほうが保全上の効果は高いという考え方が根強くあり、また、保全上の効果にかかわらず野生生物の商取引は基本的に認めるべきでないと考える国や団体があることも預かっています。
ワシントン条約についてもっと詳しいことが知りたい場合は、次のサイトを参照してください。
環境省_野生生物の保全と持続可能な利用 ワシントン条約と種の保存法
今回の締約国会議の結果については、後日改めて紹介したいと思います。

Twentieth meeting of the Conference of the Parties | CITES
プロフィール:石井信夫(22回生)1952年東京生まれ。東京大学大学院農学系研究科修了(農学博士)。自然環境研究センター、東京女子大学に勤務。東京女子大学名誉教授。









